自分にとっての人生とは営業であるという話

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「人生とは〇〇である。」

このような形の文言を見たことはないだろうか?

 

「人生とは、恋愛である」

「人生とは金である。」

「人生とは、愛である。」

 

まあ、色々と類型がある。

 

今回、この記事を書こうと思い至ったわけは、自分にとっての人生とは何なのだろうか

ふと考えたからである。

 

「自分にとっての人生とは、営業である!!」

 

これが自分が導き出した結論である。

 

そもそも営業とは何よ?というお話。

営業とは、企業が商品、サービスを顧客に売り込む為の活動である。

 

端的な話、

「これをあげるから、〇〇円お金ちょうだいよ!」

「〇〇するから、〇〇円ちょうだいよ!」

という提案に乗ってくれる人をし、契約を結んでくるための活動である!

因みに営業と言っても色々あるが、自分にとっての営業とは新規の営業なのである。

 

(話は、少し変わるが自分はBToCの新規だけは本当にやりたくない。

まず大抵の商材が、ボッタクリであるし、またストレスがやばい。

本当にあんなんやっていたら、心を病んでしまう。)

 

人生とは営業である。

さて、本題に入りたい。

僕にとって、人生が営業な理由についてである。

 

端的に答えをかくならこうなる。

「自分はスペックに恵まれていなかったからである!」

 

言い換えるなら、

「自分はスペックが低いため、何もしなければ何も起こらない人生になってしまう。」

ということがわかったからということである。

 

このことは誰も言わないことであるが、

人間のスペックの違いというのは、人の人生の大半を運命づけるのである。

スペックというと色々あるが、ここではとりあえずイケメン、不細工の例を上げてみる。

 

イケメンの人生を端的にあげると、、

・顔がいいため、人が自然と集まってくる。その中で自然とコミュニケーション能力がつく

・人が集まる人には、更に人が集まってくる。

・人が集まる所に、金も集まる。異性も集まる。楽しい物、ことも集まる。

・そのような人間は基本的に堕落しない。周りの人間が、自分を引き上げてくれるからである。

・それどころか、ドンドン人生が上向きになっていく。

 

次に不細工の人生はこんな感じである。

・顔が悪いために、人が基本的に寄り付かない。結果的にコミュニケーション能力が身に付かない。

・ただでさえ人が集まらない上に、コミュニケーション能力も、イケメンに及ばないために更に人が寄り付かなくなる。

・人が集まらないと、金も集まらない。異性も集まらない。楽しいことも集まらない。

・一度堕落の道に落ちると終わりである。ドンドン転げ落ちる。

 

上記の比較はだいぶ大雑把だが、大きくは外していないと思う。

いや、9割以上の人の人生は上記で説明がつく気がする。

(メインストリームから外れたブサイクは、色々なメインストリームでないことに首を突っ込むのも大抵これで説明がつくと思う!)

 

要はである。

スペックが低いと人生は何も起こらないのである。

楽しい人生になんて決してならないのである。

 

営業こそもたざるものの持つ唯一の武器である。

「何も起こらない人生なんて嫌だな」

自分の人生に何も起こらないとわかった時に、思い浮かんだことがこれである。

 

そして人生に何かを起こすためには

「自分が何かを起こす側に回るしかない」

「自分が参加する側から、人を招待させる側になるしかない」

ということを考えたのである。

 

受動的に生きてきた人生を能動的な人生に変えることは、楽なことではないと思う。

しかし、それでしか、人生の質を向上させることも出来ないのも確かである。

 

能動的に仕掛けることは、(新規)営業に似ている。

本当に似ている。

今日もビビりながらも、自分は営業を頑張っていく。

 

営業を極めた先に、何かがあると信じて。

 

 

 

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