英語力は本当はあまり必要ないという話

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初めにお断りしておきます。

私、管理人トム男なのですが英語が大の苦手です。

(受験英語は得意なのですが、話すのが本当に苦手です。)

 

この記事ではもっともらしく英語について論評していますが

英語が出来ない自分を正当化するためにこの記事は書かれています。

ですので、話半分にこの文章を受け止めて下さい。

 

英語は話せるに越したことはありません。

僕だって認めたくないですが本心では話せたらなあと思います。

 

特に中高生は、僕みたいな極論に惑わされないで下さい。

英語も含め学業は本当に有意義です。こんな極論を言う大人に惑わされないで下さい。

一生懸命勉強をして下さい。勉強こそ将来のあなたを助けます。

 

それでは言い訳をしてみます。

 

英語は本当に必須スキルなのか

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社会で英語学習の必要性が叫ばれて数年が立ちます。

「英語を話せないと将来査定に響くよ。だから英語を勉強しよう。」

「これからの仕事は海外進出が当たり前だから英語を身に着けていないと仕事にならないよ。だから英語を勉強しよう」

「英語を話せないとこれから生き残っていけないよ。だから英語を勉強しよう。」

 

こんな感じの主張ををあなたも少しは聞いたことがあると思います。

そして、知識階級の人もこの主張に対して概ね同意しているようです。

 

しかし、本当に私たちは英語を勉強しなければいけないのでしょうか。

英語を流暢に話すための努力が必ずしも必要なのでしょうか?

皆が皆英語の勉強が必須なのでしょうか?

 

英語は話せるに越したことはない

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「英語を勉強すべき人は、そこまで多くないのではないか」

これが私の考えです。

 

もちろん英語が話せるということは当人に利益をもたらすということは間違いありません。

例えば、

・「海外の人に営業を出来る。⇒顧客数の増加」

・「海外の人とチームを組める⇒選択肢の増加、可能性の増加」

・「海外の論文を読める⇒情報源の増加、(日本人に対し)価値の高い情報を入手出来る」

(なぜ海外の情報の価値が高くなるのかというと、殆どの日本人は海外の情報を知らないからである。)

・裁定取引ができる

 

等の利益を得ることができます。

 

また、これからの時代の流れを考えても

英語が話せることの実用性は下がることはないと思います。

それどころかおそらく上がります。

(ただ英語単体の価値はドンドン下がって行くのでしょうが……)

 

それでも英語の学習が必要がないと考える理由

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しかし、これだけ帰ってくるものが多くても

やはり英語が必要な人間は少ないと私は思います。

英語は使えるレベルまでに上げるまでにかかるコストは決して少なくないから

そして、中途半端な英語力は役に立たないから

です。

 

もちろん英語力が1か0かの能力であるとは言うつもりはありませんが

かなり1,0寄りの能力に近いと思います。

ビジネスという視点で英語を見るのであれば実用レベルまでに英語能力を引き上げるのにかかるコストは莫大なものになります。

(参考までに昔の日本のスパイは外国での諜報活動のために3000時間位時間を要したと言われています。

 現代の言語学等でも日常会話を習得するのでさえ最低1000時間は必要と言われています。)

 

もちろん英語力というものはかなり使える能力であるのは間違いないのです。

しかし、3000時間も学習に費やすのであれば他にすべきこともあるような気がします。

(例えば基本的な教養とか。弱者戦略を勉強するとか。いろいろな生き方を知るだとか)

 

もう一つ残酷なことを正直に言うなら

奇跡が起きて、日本人が英語をみなペラペラに話せるようになっても

8割以上の人が英語を上手に使いこなすことは出来ないと自分は考えます。

日本語で出来ないことは英語でも出来ないからです。

 

英語はただの言語です。

もしあなたが日本語のみで有能な人という評価を得れていないのであれば

英語を喋れるようになったところで有能という評価は得られないでしょう。

(つまり、日本でさえ大して通用していない人間は、英語が喋れたところで海外で通用しないでしょうということです。)

 

社会が英語の必要性を訴えるわけ

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しかしそうはいったところで、社会的が英語の必要性を声高に叫ぶことの意義は大きいと思います。

なぜなら、日本の上位2割の人間(1割かも)は他の8割の人間とは対照的に

英語の能力は必須スキルになっていくはずだからです。

 

これから日本経済の内需は落ち目になっていくでしょう。

(出生率の低下はそのような未来を確実に引き寄せます。少なくとも歴史上例外はありません。)

 

そうなってくると国の経済の運命は

「如何に外貨を国内に入れることが出来たか、出来ないか」

に大きく左右されることとなります。

(英語がしゃべれないと外貨は稼げないので)

 

そして、優秀な人間が必要な能力を身に付けないことと

英語が必要ではない人間が英語を学習して時間をムダにすることを比べると

明らかに前者のほうが日本社会としてのロスが大きいです。

 

このような理由から、僕は日本社会は英語運動を行っているのだと思います。

 

下位八割の戦い方

 

しかし、先程も申し上げたように我々下位八割の人間には英語は必要ありません。

それなのに皆言っているし英語勉強しようかと思うこと。

このことが下位八割の人間を不幸に導いていると思うのです。

 

別に英語ほど労力を掛けずにある程度のレベルで生き抜く手段はいくらでもあります。

(もちろん共通解はありません。しかし、個人の最適解はあるはずです。)

 

その手段を探すことこそ私達のすべきことのなのでしょう。

もちろんその結果、英語が一番必要という答えがでるのかもしれませんが…。

 

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